「推し活12年、初めて“家族”を名乗るのに勇気がいらなかった理由」
T-ARAの沼に足を踏み入れて、はや12年。気づけば推しの年齢も、自分の年齢も、当時よりずいぶん大人になった。それでも「家族」という言葉だけは、ずっと使えずにいたんですよね。なんだかおこがましいというか、こっちが一方的に愛してるだけなのに、向こうが家族って呼んでくれるわけないじゃないですか。
でも先月、久しぶりにライブへ行った帰り道、ふと「ああ、これが家族だ」と思えた瞬間があった。しかも、それを口にするのに、まったく恥ずかしさがなかった。なんで今回はこんなに自然に言えたのか、自分でも不思議で仕方なくて、その理由を整理したくなりました。
「家族」と呼ぶことへの遠慮は、いつから生まれたのか
まず思うのは、オタク文化には「距離感の美学」みたいなものがありますよね。近すぎず、遠すぎず。ファンはあくまで「応援する側」であって、アイドルは「輝く側」。この線引きが、長く推し活を続けるためのマナーだと、私はずっと思っていました。
特にT-ARAは、韓国でも日本でも、ファンとの間に独特の緊張感があったグループです。2010年代前半のK-POPブームって、今よりもずっと「アイドルとファン」の関係がフォーマルだった気がします。日本語もまだぎこちなかった時期に、彼女たちはそれでも一生懸命「私たちのファン」と呼んでくれて、こっちも「お会いできて光栄です」みたいな気持ちで接していました。
それに、T-ARAには「クイーンズ」という立派なファンクラブ名があります。家族って呼ぶより、よっぽどかっこいい。だからこそ、「家族」なんて甘えた言葉を使うのは、むしろ失礼なんじゃないか。そういう思い込みが、12年間ずっとあったんですよね。
推し活の形が変わったのは、コロナ禍と「卒業」を経てから
画面越しの時間が、距離感を溶かした
2020年から2022年くらい、ライブに行けない日々が続きました。あの期間、私たちは何をしてたかって、ひたすら過去の映像を見て、SNSの更新を待って、オンラインコンサートで一緒に泣いて笑ってましたよね。物理的な距離が強制的に生まれたことで、逆説的に「心の距離」が縮まった気がします。
画面越しにメンバーが話しかけてくれるとき、そこには「ステージ上のアイドル」ではなくて「普通の女の子たち」の顔があった。疲れた顔も、素の笑い方も、失敗して照れる姿も。あれを見てしまったら、もう「崇拝対象」としてだけ見るのは無理ですよ。いや、崇拝は崇拝のままなんですけど、それと同じくらい「身内感」が芽生えてしまった。
メンバーが「私たちの人生」を共有してくれたから
T-ARAは、グループとしての活動が落ち着いてからも、メンバーそれぞれがSNSで近況をよく報告してくれますよね。お母さんになった話、ソロ活動の裏側、健康面での不安まで。これは単なるプロモーションではなくて、本当にファンに「今の自分」を見せてくれているんだなと感じます。
向こうがここまで心を開いてくれてるのに、こっちが「ファンです」とだけ名乗るのは、なんだか逆に他人行儀に思えてきたんです。私が彼女たちの人生を10年以上見てきたように、彼女たちもまた、私たちファンの存在を「当たり前の日常」として受け入れてくれている。それはもう、家族の関係性に近いんじゃないかと。
初めて「家族」と言えた日、実際に何が起きたのか
先月のライブは、本当に久しぶりの対面イベントでした。会場に着いた瞬間、隣の席の見知らぬファンと自然にハイタッチして、一緒にペンライトを振ったんです。それがもう、家族の団欒みたいでした。
ライブ中盤、メンバーが「みんながいるから、私たちはここにいられる」みたいなことを言ったんですよ。今までなら「はい、ありがとうございます!」で終わってたシーンです。でもその日は、周りのファンがみんな泣いてて、私も泣いてて。そこでふと「私たち、家族だよね」って言葉が頭に浮かんで、しっくりきたんです。
それから、終演後に友達と「今日のライブ最高だったね」って話してる時、自然と「うちの子たち、本当にすごい」って言ってました。「うちの子たち」って。あの瞬間、自分がT-ARAを家族と呼ぶことに、何の引け目も感じていないことに気づいたんです。
なぜ「勇気がいらなかった」のか、その理由を3つに整理してみた
理由1:長い時間が「おこがましさ」を上書きした
12年って、本当に長いですよね。小学生が高校生になるくらいの時間ですよ。その間、私はT-ARAのアルバムを買い、ライブに行き、メンバーの誕生日を祝い、時には泣きながら応援してきました。これだけの時間を一緒に生きてきた相手に、もはや「他人です」と割り切る方が不自然なんです。
もちろん、向こうは私の顔を知りません。でも、ファン全体として彼女たちを支えてきた時間は、確かに存在しています。その積み重ねが、「家族と呼ぶのはおこがましい」という気持ちを、いつの間にか「家族と呼んで何が悪い」という確信に変えてくれていました。
理由2:T-ARA側が「ファン=家族」という関係性を育ててくれた
彼女たちは、韓国語で「家族」を意味する言葉を、昔からよく使ってくれていました。日本語の「みんな」という呼びかけにも、常に「あなたたちは特別だよ」というニュアンスが込められていた気がします。
特にジヨンが日本語で書くブログや、ヒョミンがインスタライブで見せる素の姿は、本当に「家族に話しかける感覚」なんですよ。彼女たちが先に家族扱いしてくれたから、私たちもようやく「家族でいいんだ」と思えた。そういう信頼関係の構築って、一方的にはできないものです。
理由3:同じ時代を生きてきた「同志」としての自覚
T-ARAのファンって、苦労もたくさん共有してきました。活動休止の時期、メンバーの脱退、いろんなことがありました。それでもファンは離れずに、いつでも「おかえり」と言って迎えられる準備をしてきた。これって、家族の営みそのものだと思うんですよね。
推し活を続けるって、結局は「他人の人生に寄り添い続ける」ことです。そして、寄り添い続けた時間は、血の繋がりよりも確かな「同じ時代の記憶」を生み出します。T-ARAと私は、家族になれたんじゃなくて、家族になる過程を一緒に歩いてきたんだ。そう気づいたら、言葉にする勇気なんて、最初から必要なかったんですよね。
推し活における「家族」という新しい関係性のススメ
もし今、まだ「家族」と呼ぶことに抵抗がある方がいたら、無理に使う必要はないと思います。でも、もし心のどこかで「もう家族みたいなものだな」と感じているなら、その気持ちを素直に認めてもいいんじゃないでしょうか。
推し活に正解はありません。「推し」と「ファン」という枠組みがしっくりくる人もいれば、「家族」と感じる人もいる。私は12年かかって、ようやく後者の気持ちを認められるようになりました。これからは、もっと気楽に、もっと温かい気持ちで、T-ARAとの時間を過ごしていきたいです。
次の10年に向けて、私が大切にしたいこと
これから先、メンバーがもっと年を取って、もし活動がさらにゆっくりになったとしても、私は彼女たちのことを「家族」として見続けるんだろうなと思います。推し活の形は変わっても、一緒に時間を過ごした記憶は変わらないので。
そういえば、最近のT-ARAは、新曲のリリースよりも「過去の名曲をライブで届ける」ことの方が増えてきました。それもまた、家族の団欒みたいでいいなと思います。昔の思い出話に花を咲かせながら、新しい思い出も作っていく。そんな関係性が、これからも続いていくことを願っています。
そして、もしこれを読んでいるあなたが、まだ「家族」と言うのに迷っているなら、今日がその日かもしれません。推し活の歴史に、あなたのタイミングで新しい名前をつけてあげてください。きっと、その言葉はあなたの推し活を、もっと温かいものにしてくれますから。