T-ARAの現場に通い始めて12年になる。最初は「一度観たら満足するだろう」と思っていたのに、気づけばCDを積み、グッズを買い、抽選に申し込み、配信を追い、次の告知を待っている。あれ、これ毎回同じ構造じゃないか——そう思ったのは3年目くらいだった。今回は、T-ARAというアイドルグループを追いかけるときに働いている「ご褒美が“あと1回”を呼ぶ仕組み」を、行動心理学の言葉を借りながら分解してみたい。
なぜ「あと1回」で止まらなくなるのか
可変比率強化スケジュールという、いちばん厄介なやつ
行動分析学の基本に、B.F.スキナーの強化スケジュールがある。中でも「可変比率強化(variable-ratio reinforcement)」は、行動の回数に応じて報酬が与えられるが、その回数が毎回ランダムに変わるパターンを指す。何回目で当たるか分からないから、人はつい次の行動を起こしてしまう。ギャンブル研究でよく引き合いに出される概念だけど、べつにそれ専用の話じゃない。アイドルの現場は、この可変比率がびっくりするほど丁寧に設計されている。
T-ARAでいえば、たとえば「特典会の抽選」。CDを1枚買えば1回抽選できるが、当たるかどうかは分からない。当たればメンバーと話せる。外れれば「次こそ」と思う。しかも当選確率は公表されていないことが多く、体感で「このくらい買えば当たるかな」という自分なりの基準が形成されていく。この「基準が自分の中にしかない」感じが、実は強い。外部から与えられた確率より、自分で調整できると思っている確率のほうが、人は熱中しやすい。
損失回避が「やめどき」を遠ざける
ダニエル・カーネマンとエイモス・トベルスキーのプロスペクト理論で有名な「損失回避」も、現場ではそのまま当てはまる。人は同じ額の得より、損のほうを約2倍強く感じる。T-ARAの現場でいえば、「ここでやめたら、これまで積んだCDも、通った回数も、覚えた振り付けも、全部“無駄”になる気がする」という感覚。実際には無駄ではないのだけど、脳はそう処理しない。むしろ「あと1回行けば、これまでの投資が回収できるかもしれない」という方向に引っ張られる。これが、12年続いている理由のひとつだと思う。
T-ARAの現場で実際に起きていること
具体例:2017年の「What's My Name?」リリース前後の空気
記憶に残っているのは、2017年の「What's My Name?」の頃だ。当時、グループはメンバーの変遷を経て、ファンの中にも「今回はどうなるんだろう」という緊張感があった。カムバックのティザーが1枚上がるたびに、SNSのタイムラインがざわつく。MVの予告が数十秒出る。本編が公開される。音楽番組の出演が決まる。特典会の告知が来る。この一連の流れが、それぞれ「次のご褒美」として機能していた。
ここで効いていたのは、報酬の“間隔”だ。ティザー→MV→番組→特典会と、ご褒美が小出しに、しかも不規則に来る。全部が一度に来たら、たぶんここまで追わない。少しずつ、でも確実に「次がある」状態が続くから、こちらは「あと1回」を繰り返す。スキナーの可変比率と、カーネマンの損失回避が、T-ARAのリリースサイクルの中で同時に作動している感じがあった。
メンバーの“反応”が報酬になる
もうひとつ大きいのは、ご褒美が「モノ」だけじゃないことだ。CDやグッズは形のある報酬だけど、現場でいちばん効くのはメンバーの反応だ。目が合った、手を振ってくれた、名前を呼んでくれた、ブログで言及してくれた。これらは毎回同じようで、毎回少しずつ違う。この「少しずつ違う」が、可変比率の核心だ。完全にランダムだと学習しないし、完全に予測可能だと飽きる。T-ARAの現場は、その絶妙な中間にある。
「あと1回」を呼ぶループの正体
ループの3層構造
12年追ってきて、自分の中で整理できたのは、このループが3層になっていることだ。
1層目は「行動→即時報酬」。CDを買う、特典会に参加する、メンバーと話す。これは分かりやすい。 2層目は「行動→遅延報酬」。ブログの更新、次の告知、カムバックのティザー。数日から数週間の遅れで来る。 3層目は「行動→社会的報酬」。同じファン同士のつながり、現場での会話、SNSでの共有。これは自分だけでは完結しない。
この3層が重なると、どれか1つが空振りでも、別の層が埋めてくれる。だから「今日は空振りだった」で終わらない。むしろ「次は当たるかもしれない」という期待が残る。これが、単発のイベントでは起きない持続性を生んでいる。
期待値の“自分補正”がクセモノ
行動経済学でよく言われる「確率の過大評価」も、ここで効く。人は自分が欲しい結果に対して、実際より高い確率を主観的に見積もりがちだ。T-ARAの特典会で「今回は当たる気がする」と思うのは、根拠のない自信ではなく、脳が報酬に近づく方向で確率を補正しているからだ。そして外れると、今度は「次こそ」という補正がまた働く。この往復が、ループを止めにくくする。
12年目に見えているもの
ループは“悪”ではない
ここまで書くと、なんだか操作されているみたいに聞こえるかもしれない。でも、12年続けて思うのは、このループはべつに悪いものじゃないということだ。可変比率も損失回避も、人間がもともと持っている性質だ。問題は、それが自分にとってプラスに働いているかどうか。T-ARAを追うことで、音楽の聴き方が変わった、韓国語を少し覚えた、現場で友達ができた。そういう副産物があるなら、ループはむしろ生活を豊かにする。
これから先の「あと1回」
T-ARAは2017年以降、グループとしての活動が止まっている時期が長い。それでもファンが離れないのは、この3層ループが「過去のご褒美」を記憶として保持しているからだ。新しい報酬が来なくても、過去の報酬が脳内で再生され続ける。これは、可変比率が止まっても、損失回避が「やめたらもったいない」と囁き続ける構造だ。
だからこれから先、もし新しい動きがあったら、たぶんまた同じことが起きる。ティザーが来る、MVが来る、特典会が来る。そのたびに「あと1回」と思う。12年目にして、ようやくその仕組みが見えるようになった。見えたからといって、止まるわけではない。ただ、自分が何に反応しているのか分かっているのと、分かっていないのとでは、同じ「あと1回」でも意味が違う。
次の告知が来たら、たぶんまた申し込む。でもそのときは、自分の中でどの層が動いているのか、少しだけ眺めてみようと思う。それが、12年目なりの付き合い方だ。