「家族」って言葉、アイドルグループに使う時、ちょっと照れくさいけど一番しっくりくる表現じゃないですか? 私はT-ARAをデビュー当初から追いかけて、気づけば12年。推し活歴は長いけど、正直「家族」と呼ぶことへの違和感が、ここ数年ずっとあったんです。

だって、本当の家族って、もっと気を遣わない関係じゃないですか? でもT-ARAのメンバーには、いつも「応援してるよ」って言い続けることが正解だと思ってた。そんな私が、去年のソウルコンサートで初めて「もっとフラットな関係でいいんだ」と気づいた瞬間がありました。

今回は、12年目の推し活で見つけた「新しい距離感」について、同じようにT-ARAを好きな人たちと共有できたら嬉しいです。

なぜ「家族」と呼ぶことに疲れてしまったのか

義務感で見ていたライブ配信の日々

2020年代に入って、T-ARAの活動は以前ほど頻繁ではなくなりました。メンバーそれぞれのソロ活動や、ジヨンやヒョミンが別の道に進む中で、グループとしての「全員集合」は本当に貴重なイベントになりました。

でも、その「貴重さ」が逆にプレッシャーになってたんです。ライブ配信があれば、仕事が終わって疲れていても「見なきゃ」と思ってた。グッズも、使わないのに「買わなきゃ」って。家族を支えるって、どこかで「自分の楽しみを後回しにする」ことだと思い込んでたんですね。

ある日、友達に「それって義務じゃない?」って言われて、ハッとしました。私はT-ARAが好きなのに、いつの間にか「T-ARAのファンでいること」に必死になってたんです。

「完璧なファン」幻想の正体

SNSを見ると、他のファンが韓国まで遠征して、現地で楽しそうにしている姿が流れてきます。それを見るたびに「私は現場に行けないから、ファンとして失格かな」なんて考えてしまってました。

でも冷静に考えてみると、T-ARAのメンバーだって、私たちの生活の全てを知ってるわけじゃない。彼女たちが言う「ファンのおかげで頑張れる」って言葉は、決して「全てのライブに行け」という意味じゃないはずです。

この幻想を手放した時、私はようやく「推し活は競争じゃない」と心から思えるようになりました。

12年目で見つけた、しっくりくる距離感

「家族」から「気の置けない友達」へ

今の私のT-ARAとの関係性を例えるなら、それは「たまに会う仲良しの友達」です。毎日連絡を取らなくても、会った時に一瞬で昔に戻れる。そんな関係が、実は一番長続きするんじゃないかと思い始めました。

例えば、昨年発売された「T-ARA 冬のアルバム」を聴いた時、私は「ああ、この曲、あの時の気持ちを思い出すな」と、過去の思い出に浸るだけで十分幸せでした。無理に新曲を全曲覚えようとしなくても、好きな曲を好きな時に聴く。それでいいんだと。

メンバーがインスタライブをした時も、私は最初の10分だけ見て、後は録画を後日見るスタイルに変えました。リアルタイムで見なきゃ!という焦りがなくなり、むしろ「あの日は忙しかったけど、後でゆっくり見よう」と、自分のペースで楽しめるようになったんです。

「推しのために」から「推しと一緒に」へ

昔は「メンバーが喜ぶから」と、誕生日に高額なプレゼントを送るのが当たり前だと思ってました。でも、ある時、ヒョミンがラジオで「プレゼントより、ファンが元気でいることが一番のご褒美」と話しているのを聞いて、本当にその通りだなと。

今は、プレゼントを買うお金を、自分の趣味や健康に使うようにしています。そうすることで、私はもっと元気に、前向きな気持ちでT-ARAの音楽を楽しめる。結果的に、それが彼女たちへの応援にもなってるんじゃないかなと自己解釈してます(笑)。

この距離感の変化は、決して「冷めた」わけじゃないんです。むしろ、熱量の質が変わったというか。叫ぶだけが応援じゃなくて、静かに「また会える日まで、お互い元気でいようね」と思える関係。これが12年目の答えなのかもしれません。

具体的なエピソード:ソウルでの再会が教えてくれたこと

5年ぶりの現地公演で感じた「変わらないもの」と「変わった私」

去年の秋、久しぶりにソウルで開かれたファンミーティングに行くことができました。久しぶりの現地は、やっぱり特別で。会場に着いた瞬間、懐かしい曲が流れて、涙が出そうになったのを覚えています。

でも、周りを見渡すと、昔は10代や20代が多かった客席が、今は30代、40代のファンでいっぱいなんです。みんな私と同じように、仕事や家庭と両立しながら、この日を楽しみにしていたんだなと思うと、それだけで感動しました。

そして本編が始まって、メンバーが登場した時、私はなぜか「おかえり」って気持ちになったんです。彼女たちが活動を続けてくれて、私もここにいられる。その「お互い様」な感覚が、すごく心地よかった。

ペンライトを振らない自分に気づいた

コンサート中、昔なら絶対に全部の曲でペンライトを振って、声を枯らすまで叫んでました。でもこの日は、バラードの時はただ目を閉じて聴いて、アップテンポの曲だけ体を揺らす。そんな自分がいて、最初は「楽しめてないのかな?」と不安になりました。

でも、終わった後に感じたのは、満足感というより「安心感」でした。彼女たちが楽しそうにステージに立っていること、ファンが穏やかにそれを見守っていること。その光景自体が、もう一つの作品みたいだったんです。

帰り道、私は「これでいいんだ」と確信しました。推し活に正解はない。でも、12年続けてきて、やっと自分なりの答えを見つけた気がしました。

これからの推し活に取り入れたい、3つのルール

1. 「見なきゃ」ではなく「見たい」を基準にする

今は、ライブ配信のアーカイブが充実しているので、無理にリアルタイムで見る必要はありません。私は「週末のご褒美タイム」として、録画をコーヒー片手にゆっくり見るのを習慣にしています。

これだけで、推し活が「タスク」から「楽しみ」に変わりました。メンバーの姿を見る時間が、自分を休ませる時間になったんです。

2. お金の使い方は「自分への投資」とセットで考える

グッズを買う時は、昔は衝動買いが多かったですが、今は「これを買っても、来月のご飯を我慢しないか」を先に考えます。節約しすぎるのもストレスですが、無理するのは本末転倒ですから。

私が最近買ったのは、T-ARAのロゴが入ったエコバッグ。普段の買い物で使えるし、見るたびにちょっと幸せな気分になれます。こういう「日常に溶け込む推し活アイテム」が、今の私には最適です。

3. 他のファンと「比べない」勇気を持つ

SNSで他のファンの充実ぶりを見ると、どうしても焦ってしまう時があります。でも、彼女たちの投稿は「楽しい瞬間の切り抜き」であって、生活の全てじゃない。私は私のペースで、私のできる範囲で応援すればいい。

そう思えるようになってから、私は「T-ARAのファンであること」がもっと好きになりました。比べる相手は、過去の自分だけで十分です。

12年目の今、T-ARAに伝えたいこと

もし、どこかでこの記事をメンバーが見ることがあったら、私はこう伝えたいです。「無理に『家族』って呼ばなくても、ずっとあなたたちの味方でいるよ」と。

「家族」という言葉には、少し重たい責任が伴います。でも「大切な人」なら、もっと自由でいられる。彼女たちが活動を続けてくれる限り、私はその自由な距離感で、これからも応援し続けたいと思います。

次の10年は、もっと気楽に、もっと長く。T-ARAとの時間を、まるで古い友達と過ごすように、ゆっくり楽しんでいけたら、それが何よりの幸せです。

さて、今日は久しぶりに初期のアルバムでも聴きながら、昔の自分を思い出してみようかな。